重要文化財等への指定依頼がありました。
古屋旅館は『夫婦円満の旅館』と言われる所以を少しご紹介します。古屋天満宮で夫婦ご円満をお参りしてみませんか?

古屋旅館の敷地内には天満宮があります。
天満宮は、延喜元年(西暦901年)のむかしに菅原道真(平安時代中期の学者・政治家で今でも学問の神様として尊敬されている)が九州の大宰府へ流されたとき、自分の姿を彫った木像を7つ作って海に流したということです。
そのうちの一つが長い年月を経て、熱海の海岸に打ち寄せられ漁師が拾い上げて祀ったものが、この天満宮のご神体だといわれています。このご神体は、背丈が63センチメートルで、膝や背中に貝殻が付いているということです。
(写真でも確認することができます。)


伊豆山神社は、鎌倉時代以前より、伊豆・相模を始め周辺に権威を誇り、伊豆山権現と呼ばれていました。また、源頼朝が伊豆に配流され伊東祐親に追われていたとき、一時、身をひそめた所であり、恋人政子とのお忍び逢いの場でもありました。
源頼朝が建久3年(1192)、源氏再興の旗揚げの際、伊豆山権現に祈願したと伝えられています。頼朝が鎌倉幕府を開いた後、関八州の総鎮守として隆盛を極めました。頼朝の歴史は熱海から始まるのです。
中世の後期、室町・戦国期に入っても、室町幕府・鎌倉府・後北条氏の保護により伊豆山権現は諸堂の大規模な造営を行うなど隆盛を維持しましたが、その地位は相対的に低下してきます。そして、熱海の歴史を彩る温泉や網代の漁業など、伊豆山権現一色から離れた熱海の多彩な歴史が幕を上げます。
頼朝に始まり歴史的にも大変重要な社であった伊豆山権現の中心的ご神体である、伊豆山権現像(般若院蔵・像高48.8センチ・国指定重要文化財)は明治元年の廃仏毀釈によって、表面上は一旦廃却されました。そして、この伊豆山権現像の真横に置かれていたのが、当館が保管する『夫婦大黒像』なのです。はっきりとした歴史的経緯や銘などは定かではありませんが、源頼朝と北条政子の出会いの場であったという伊豆山権現の背景を考慮しますと、頼朝自身が奉納した可能性もあり大変興味深いものであります。高名な彫刻家であります高村光雲先生からは、鎌倉時代の大変貴重な珍像であり、大切に保管すべしとの所見を頂いております。

当館が夫婦円満の旅館と言われる所以はここにございます。最近は、夫婦お二人のご旅行というのも増えて参りました。デフレを反映してビジネスマンの方々の実質労働時間も増えてきております。ご夫婦のコミュニケーション時間も減る一方のこの時代、温泉にゆっくり浸かっていただき、お話に花を咲かせ、古屋天満宮で夫婦ご円満をお参りしてみませんか?頼朝さんと政子さんが、きっと円満に導いてくれると思います。

『この夫婦神は元伊豆山権現の宝物なるも、後同所般若院に安置ありしを明治初年3代前の内田氏が請願し家宝として今に伝ふ。この大黒天の夫婦神は、南都春日神社若宮の境内に祀りある外見聞せず。妃は長寿繁栄を守り子無き者に子を授け、福徳円満霊徳を祈る神なり。時代は鎌倉初期の佳作にして稀の珍像なり。御大切に保存被成度候也。』
従三位 高村光雲誌